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松泉宮コンセプトブック

松泉宮コンセプトブック


天地創造の神々の息吹を感じながら、大地、空気、風、火、水のエレメントと戯れる。悠久の時の流れと自然の大きな力を感じる特別な時間。

フェニックス・シーガイア・リゾートがある一ツ葉海岸の一角の地名を阿波岐原(あわきがはら)といいます。実は古事記にも記される由緒正しい地名なのです。ここには国産みの神話で知られるイザナギとイザナミの神を祀る江田神社、イザナギが黄泉の国の穢れを祓うためにはじめて禊ぎをしたというミソギの池があり、禊発祥の地とされております。この禊ぎの時に、太陽の神アマテラス、荒ぶる神スサノオ、暦の神ツクヨミなど39の神々が産まれたとされています。国を産み、神々が産まれた、古事記の物語の舞台となった阿波岐原。そんな神々の壮大なドラマに思いをはせながら、素晴らしい時間を過ごしていただきたいと、松泉宮には日向神話に基づいた様々な趣向を随所にめぐらせました。宝物を探すような気分で、お楽しみください。

東を守護する龍の壷と絵のような窓の景色でお出迎え


お客様がまず目にされる2階のメインエントランスは、鎌倉時代の建築様式を用い重厚感のある屋根をもつ玄関に仕上げました。屋根には日南市の飫肥杉、玄関横の石壁には飫肥石を使用しております。メインエントランスから奥の窓まで末広がりになっており、奥行きを感じさせます。そして真正面に見える窓からの景色は、窓枠を額に見立てるとまるで一幅の日本画のよう。日本古来の庭園の考え方「借景」を取り入れました。窓から見える景色に思わず「WOW」という声が聞こえてきそうです。またご到着エリアに枯れ山水の小さな庭を設け八つの龍の壷を配しました。古代中国では東西南北の方位に、それぞれの方位を守る神の霊力を持つ獣がいると考えられていました。東は「龍(青竜)」、西は「虎(白虎)」、北は「亀(玄武)」、南は「朱雀」という神獣です。この思想は日本にも伝わっており、1972年に発掘された、高松塚古墳の壁画にも描かれています。この地が宮崎の東にあたるので、龍の壷で太陽が昇る方位を表しました。

宮崎の祭りを象徴する芸術的な意匠と宮崎を現す結びのオブジェ


エントランスを入ると、右手の壁面に2800枚の木彫りのタイルが目に入ってきます。このタイルは4種類あり、1、3、5、8枚の花びらをもつ蓮の花、桜の花、松ぼっくり、松葉が彫刻されています。リゾートエリアを囲む松林の自然に敬意を表し、壁の角部分に松葉と松ぼっくりのタイルをはめ込みました。このタイルの花びらの数を数えると4500枚になりますが、これは宮崎県内の大小さまざまなお祭りの数を表しています。1、3、5、8は中国や日本では古くからラッキーとされている数字です。1は物事の始まり、3は三拍子というように物事が揃うこと、5は木・火・土・金・水という人間の生活に大切な五元素(五星)の数字を表し、8は末広がりで縁起が良いとされます。タイルの上には和紙と布の結びで宮崎県の形が象られています。青・赤・黄・黒・白は神社仏閣などで使われる五行説の五色です。この結びは「縁結び」を表し、人と人、スタッフとお客様とのつながりと考え、そこから幸運が訪れますようにという願いが込められています。

みそぎの池から産まれた39人の神


松泉宮1階エントランスのすぐ右横に2階へと続く階段があります。ここには大小8個の壷と鳳凰の凧のオブジェが飾られています。鳳凰は、太陽を表す火の鳥、不死鳥フェニックスです。また大小8個の壷は、豊作をイメージさせる米をモチーフにした模様が描かれており、収穫を意味しています。太陽神アマテラスは「米の母」といわれ、ニニギは米が豊かに実る様でもあるといわれています。再生と幸福を意味する不死鳥フェニックスと米、収穫…ひいては太陽の神アマテラスをほうふつとさせる空間を作り上げました。そして、階段横の左右の壁面には、合わせて30個のボール型のオブジェが飾られています。このオブジェは、宮崎の神話に基づき、イザナギがみそぎの池で黄泉の国の穢れを祓うために、みそぎをした時に産まれた39人の神様を表しているのです。

海幸彦と山幸彦の伝説に基づき山と海底を表現


オールデイダイニングのパインテラスから見える庭園には、大人用と子供用のガーデンプールを設けています。宮崎の観光名所の一つ青島は、山幸彦と海幸彦の伝説の舞台として知られています。「兄の海幸彦は海を、弟の山幸彦は山を自分の領土と考えて暮らしていましたが、ある日弟の山幸彦が兄に『たまには交代してみたい。道具を貸して欲しい』と海幸彦に頼んで一日漁師になりました。ところが慣れないせいで、釣り針を魚に取られてなくしてしまいます。兄は怒り、どうしても許してくれません。途方に暮れて海を見つめていたところ、ワタツミノカミ(海の神)の宮に行きなさいと教えてもらいます。言われるままに山幸彦は海の底の宮に行き、ワタツミノカミの娘トヨタマと結ばれて暮らします…」という伝説です。この宮崎に縁の深い海幸彦と山幸彦の伝説を題材にして、大人用のプールには、滝を設け山幸彦が駆け巡った山を表現し、子供用プールはワタツミノカミが治める海底の世界を表現しました。

歩くのが楽しくなるような幸豊かな小道


白い砂と緑の松に象徴されるような、静かな和の世界が広がる大人用プール。山幸彦の領域だった山をイメージし、落ち着いた雰囲気を持つエリアです。ここには周囲を散策するのにぴったりの小道「幸さち小路」が作られています。その小路の各所に一つ一つテーマを持った15個の壷が配置されています。岩長姫(海幸彦と山幸彦の母コノハナサクヤ姫の姉であるイワナガ姫)、菖蒲(宮崎市の花)、童、宝船、佐土原(佐土原人形)、御鈴(ラッキーチャーム)、傘(大阪・江戸で歌舞伎を見てファッションを学ぶ)、扇(女性の美のシンボル、舞と涼を表す)、春、夏、秋、冬、名月、祭、松竹梅がそれぞれ描かれています。15個の壷の絵を一つ一つ眺めながらゆっくり壷絵巡りをしてみるのも、楽しみ方の一つなのです。

のんびりと亀の歩みで亀に導かれて行こう


パインテラスからキッズプールまでは、お子様が一人でもプールまで行けるように、6匹の大きな亀がご案内いたします。名付けて「亀ウォーク」。古来から万年まで生きる生き物として縁起が良いとされてきた亀。お子様の案内係に北を向いた亀を五匹配置しました。通路に沿って大きな亀を見ながら歩けば自然に周回できます。また六番目の亀はちょっとふざけて、キッズプールの中で水を噴出しています。愛嬌ある亀のように、ゆっくりのんびり歩いて松泉宮を楽しんで欲しいという願いも込めらていますので、ここではあえてゆっくりとした“亀の歩み”で歩いてみてください。

キッズプールに描かれた山幸彦と深海の生き物達の物語


キッズプールは深海の世界です。プールの壁面には十二支が配され、口から水を吐き出しています。またプールの周りには、物語に登場する深海の生き物達を描いた壷が飾られています。そして大きな燈篭がありますが、これは山幸彦が釣り針を探すのを海に住む生き物達に手伝ってもらうために、海底を明るく照らす燈篭を建てたというお話に由来します。燈篭の土台は海、真ん中が陸、そして上の部分は空を表します。ひさし部分には、北は亀、南は鳳凰、東は龍、西は虎と4種類の神聖な動物が描かれ、これらの動物はそれぞれの方角を守る役目を担っています。また灯籠の天辺は、山幸彦が無くした釣り針を表現しています。プールを取り囲む壁のレリーフは、干支と地上での生活の様子が描かれています。 物語の中で山幸彦は深海の生き物達に地上での生活を話してあげます。中でも好奇心の強い飛び魚は地上が見たくてたまらず、海から飛び上がってしまいます。その飛び魚を壁の一番下に見ることができます。

参勤交代の様子が描かれた壷をたどり江戸旅気分


それぞれの湯屋までの道を、浴衣を着てお散歩するような気分で楽しんでもらいたいと設けられた「ゆかたウォーク」。江戸時代、宮崎には4つの藩があり、大名達は1ヶ月をかけて江戸まで旅をし、1年間滞在しました。その江戸までの旅を表現した大きな壷が、この回廊の各所に11個配されています。壷には、それぞれ名前がつけられ、参勤交代という長旅の折の人々の思いや、旅で出会う旅芸人や職人などを描写。特に内藤家令夫人にスポットをあて、奥方の紋を描き女性の気持ちを表現しています。ゆかたウォーク入り口右側に並べられた船と富士山の壷が、長い旅の始まりを予感させます。浴衣ウォークの右側には、お客様を雨から守るためのカーテンが取り付けられていますが、カーテンを閉じている紐の結びは縁起がいいとされる、日本古来の結び方で結び、松泉宮の焼印が入った松の飾り板で閉じられています。

お風呂文化と日本文化が花開いた江戸時代


江戸時代に、地方の大名が参勤交代で長い長い旅をしていたことは、広く知られています。しかし大名だけでなく多くの商人も商いのために地方から江戸へ、江戸から地方への旅をしていました。温泉で旅の疲れを癒す、温泉湯治が盛んになってきたのはこんな商人たちの楽しみとして、旅の合間に温泉につかったことにあります。日本人がお風呂好きになったのも、江戸時代からお風呂文化が発達してきたことから始まるのかもしれません。ちょうど浴衣がでてきたのも、この時代になるのです。江戸時代の文化は、商人や町人によって生み出された庶民の文化といわれます。現在まで連綿と続いている、伝統工芸の多くは江戸時代に確立されたものが多いといえます。温泉と日本文化は江戸というキーワードで結ばれると私たちは考えました。

月読尊にちなみ月をモチーフにした個性溢れるお風呂の数々


松泉宮にある温泉は、大浴場の「月読」、中浴場の「新月」、個室の貸し切り風呂になっている「離れ湯」の3タイプ。全て月をモチーフに、名付けられています。6棟ある離れ湯も「三日月」「十三夜」「十六夜」「立待」「望月」「居待」と、月の出を待つ気持ちと平安時代の女性が男の通いを待つ思いが巧みに重なった呼び名からきています。3タイプの温泉の中でも、特筆すべきは中浴場の「新月」。ここでは内風呂と露天に仕切りがないようにデザインされ、湯船から眺められる風景を綿津見(ワタツミ)の世界に見立て、露天の向うに池を配しています。内風呂の上を見上げると、格子に組んだ天上があり、格子の四方を緑、赤、黒、白の4色で塗りわけています。宮崎の伝統技術である「大島塗り」(漆工芸)を使った工夫の作です。見上げる方向によって色が異なりますが、変化する色で日本の四季を表しています。また中央には、中秋の名月がデザインされています。

月の神秘を称えてきた和の心を床灯篭と暖簾に


月の持つロマンティックで神秘的なイメージを湯屋全体のコンセプトに、和の心で全体を包み込んでいる松泉宮の温泉。離れ湯、新月と月読の分岐点には、月をモチーフにした2枚の大きな暖簾を下げています。深い藍のグラデーションの中に、丸く枠だけを染め抜いた新月を思わせる暖簾。月の傍らには一番星が輝いています。深い藍の中に浮かび上がった月の表情をお楽しみください。また離れ湯の鍛造の床灯篭の光は、月で餅をつくうさぎをモチーフにしています。月のうさぎにはこんな物語があります。「昔、月の神が老人の姿で地上にやってきて、動物達に食べ物を請いました。狐は魚を、あなぐまは果物を持ってきましたが、うさぎは何もあげるものがありません。そこで男の前で火を起こして、自らの肉を差し出したのです。男は月の神の姿を明かし、うさぎの行為を称え、月に永遠に住まわせたのです」。月のうさぎの物語に思いをはせてみてはいかがでしょうか。

庭全体を見渡せるパインテラスの大弓と古事記の壁


まるで日本庭園のような、美しい様式美で作られた大人用プールと子供用プールを見渡せるレストラン「パインテラス」。パインテラスの正面入り口を囲むガラスの壁には、古代の神話が綴られている古事記の文字がデザインされています。パインテラスの中に入ると、中央に都城市の伝統工芸である七本の大弓が飾られています。宮崎県都城市での弓の製作は12世紀の終わり、城下町として島津藩の支配下にあった頃から始まります。現在でも都城市は、日本の弓生産の80%を占めており、23人いるといわれる製作者の19人は都城市の方です。またそのうち10名が匠の称号を得ています。弓を作るには100の工程を必要とし、まさに気の抜けない作業が続きます。また弓道は禅の思想にも通じると言われており、武士の時代から気を集中する道として続いています。





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2007年1月1日


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